バルスのこと
天空の城ラピュタというのをちゃんと観た事がない。
トトロとか火垂るの墓、もののけ姫あたりは好きだった。あと魔女の宅急便。僕が初めて飼った黒猫の名前はジジだ。
ラピュタのことに興味がないので、過去に「#バルス」でTwitterのサーバーが落ちた事をリアルタイムで体験しても尚、ラピュタに対して関心が湧きませんでした。
一方、妻と妻の家族はこぞってジブリ好きであり、先月だったか、大分の美術館にジブリ展が来ていて、僕もいくことになったのだけど、
ジブリが部分的にしかわからない僕にとっては、
「ああ、そうですか。なるほど。そんなことがあったのですね。」
という、こう、ジブリさんの仰る事にフムフムと同意するために行ったみたいなところがあった。
これが、もし、ガンダムシリーズであれば、
それはもう至高であり生きてて良かった感が溢れてやまぬ、というところ。
しかし残念ジブリである。目の前に突きつけられたジブリという現実。宇宙世紀やジオニズムに思いを馳せ、現実逃避を試みるも、ひしめきあうジブリ大好きな超満員の大衆の中に置かれた我が身が感じる窮屈さに、ジオニズムなどどこへやら。周りの人にぶつからないように気をつけなくてはならぬ有様。
「わあ!ナウシカのなんたらかんたら」と言ってはしゃぐ人々を傍目に「じーく!じおん!」と叫びたかったあの日の自分。ああ、僕はいま全く興味のないことのために満員の美術館でひといきれにむせているのだ、となんだかこう、はやく帰りたい一心であった。
とまあ、それくらいジブリ全般に対して高まる何かがない。
しかしなんだか今日はラピュタ観てみよう、いや、このバルスフラグに乗っかり、バルスってツイートしてみよう、という気持ちになった。
そんなエモーショナルな時間が到来である。
「どういう流れでバルスって言うの?」
うまれて初めてナウシカのストーリーに興味が生まれたのである。ちょびっとだけど。
しかしどうだろう、いざ見てみると「バルスまだかよ…」という気持ちであふれんばかり。
ジブリ大好きな妻はストーリーやセリフを諳んじる事が可能なほどであり、「もう私は散々観たからね、あっ、ロボット出てくるよふふふ。」とだけ告げて寝てしまった。
なんてことだ。バルスとツイートするために一人で興味がないアニメを観る僕。それにロボットって言ってもあの手が長いやつのことだろう割とどうでもいいよ…
観ると決めたものの、やはりあまり興味がわかず見始めても半ば辛い。
はやくバルス言わないかなぁ…
ラピュタをみてよかった点は、「あっ、ここはエヴァに活かされてるな」とかそういうアニメ史の文脈を垣間見る事が出来た点であろうか。
てか…はやくバルス言わないかなぁ…まじ。
…はやく。まじ。
アニメ史の文脈がどうとか、まぁ…かっこつけて言ってみたけどまぁ、ほんとはガンダムとエヴァ以外あんまり良くわからないし。
ただただ、バルスをツイートしたい気持ちが高まるばかりである。
そうこうしてたら来たよ、バルス。
バルース!
— ヒロキュー (@sorairoart) 2017年9月29日
こんな感じやろがーい!やー!#バルス pic.twitter.com/IpMKgzfrka
バルスってつぶやくのはまぁまぁ楽しかった。
これのがバルスっぽいよな。 https://t.co/L7KjXKMixY
— ヒロキュー (@sorairoart) 2017年9月29日
バルスってのは使い方が大事だな。
バルスっていったらなんかぴかーんてなって、ムスカって人が目にダメージを受けていた。
なんかそれくらいのアレだった。
まぁ、なんかふんわりと面白かったよ。うん。